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自力旅 旅のお供はカメラとGPS

ランニング、登山、自転車、街歩きなど、「自力」で楽しむアクティブな旅。国内&海外の「自力旅」を写真とGPSで記録していきます。

程ヶ谷宿?保土ヶ谷宿! - 旧東海道の旅(9)

旧東海道の旅 みちを歩く旅

旧東海道の旅の2日目は、この日の目的地、保土ヶ谷宿へ。

保土ヶ谷宿は、旧東海道の宿場町ということを前面に押し出している印象があり、至る所で旧東海道に関する説明書きや案内図を見つけることができました。
おかげで、予備知識が無くても楽しめたので、ありがたかったです。

 

前のエントリー:

 

保土ヶ谷宿

程ヶ谷宿(ほどがやしゅく、ほどがやじゅく、保土ヶ谷宿とも書く)は、東海道五十三次の4番目の宿場である。東海道では武蔵国最西端の宿場町である。

出典:程ヶ谷宿 - Wikipedia

Wikipediaでは『程ヶ谷宿』と書かれていたので、今は保土ヶ谷と書くけれど、昔は程ヶ谷と書いていたのだな、と思いました。

ところが、、、

紀行文、詩、歌の中では盛んに「程ヶ谷」と表記されている。また保土ヶ谷の地以外で編纂された書物の多くは「程ヶ谷」とされている。これは文人墨客が神奈川を金川と洒落て戯書するのと同じことである。
一部の特殊者が用いた程ヶ谷は誤りではないが、雅称とか俗称で、地名保土ヶ谷が文献に登場した室町時代以降江戸時代に亙って、我が郷土の人々が日常慣用としていたのは保土ヶ谷こそ正当な公称である。

出典:保土ヶ谷か程ヶ谷か

程ヶ谷はシャレで使っていた言葉で、保土ヶ谷が昔からずっと正式な名前だったようです。
地名の歴史も、ひも解くといろいろわかって面白いです。

 

 

さて、旧東海道の旅。
保土ヶ谷宿に入ってまず訪れたのが、橘樹(たちばな)神社。

 

橘樹神社
橘樹神社

 

本殿に向かって左側のところに石が3つ置かれていました。
「なんだ?この石」
説明書きを見ると、これは神事に使われた『力石(ちからいし)』だそうです。

 

橘樹神社の「力石」
橘樹神社の「力石」

 

"ただの石"にしか見えなかったものが、説明書きを読むと途端に神々しく思えてくるから不思議です(笑)

 

橘樹神社を出てすぐのところで、帷子(かたびら)川を渡ります。
橋を渡るとき、ランドマークタワーがはっきりと見えました。

 

帷子川にかかる橋
帷子川にかかる橋から横浜駅方向を望む

 

こんな遠くからも見えるランドマークタワー。
まさしく横浜のランドマークです。

 

さらに進み、相模鉄道の天王町駅を通り過ぎたところに広場がありました。
広場には"橋っぽいもの"があります!

 

 

ここには帷子橋という橋が掛けられていたそうです。
先ほど渡った帷子川は昔はここを流れていたようです。

この帷子橋は、歌や俳句に詠まれるなど、当時は有名な橋だったそうです。
有名だった橋の昔の雰囲気を再現しようとこの広場が造られたのですね!

 


旧帷子橋跡。橋の雰囲気が再現されています

 

 

 


旧帷子橋跡のある公園には、保土ヶ谷宿の見どころの案内板もあります

 

旧帷子橋跡からは、しばらく片側2車線の広めの道の歩道を行くことになります。

 旧帷子橋跡から700mほど進んだ反則センター交差点から、雰囲気のあるお寺が見えたので、少し道を外れます。

遍照寺というお寺。

 


遍照寺

 

遍照寺への入り口はとても狭いですが、奥は意外と広めでした。

また、この遍照寺には「仏足石」が置かれていました。

 

仏足石とは、

釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたもの。

(引用元:仏足石 - Wikipedia

日本各地のお寺に置かれているそうですが、私は初めて見ました(たぶん)。

 


遍照寺の仏足石

 

旧東海道に戻ります。

 

100mほど行くと、保土ヶ谷駅西口商店街へ。

この商店街では、秋に「保土ヶ谷宿場まつり」というイベントを開催するようです。
昨年のまつりの様子を見ると、歴史展示コーナーもあるみたいです。
こういう歴史を大切にするイベントっていいですね~。いつか行ってみたいです。

保土ヶ谷駅西口商店街のサイト:保土ヶ谷駅西口商店街

昨年の宿場まつりの様子:「保土ヶ谷宿場まつり」2013 素敵なお店とグルメを再発見 | リビング横浜Web

 

保土ヶ谷駅西口商店街の中には、問屋街跡や高札場跡などがあります。
また、金沢横丁といって、金沢鎌倉道が分岐していた場所があり、それを示す道標が残っています。 

金沢道(かなざわみち)は、東海道五十三次程ヶ谷宿(現保土ヶ谷駅)の金沢横町から金沢の六浦陣屋(現金沢八景駅)へ到る道の名称である。 金沢からは朝比奈切通しを経て鎌倉へ通じるため、金沢鎌倉道とも呼ばれる。

(引用元:金沢道 - Wikipedia

 

 


金沢横丁

 


金沢横丁にある道標4基。ここから鎌倉方面へ向かう道が分岐していました

 

ここから鎌倉の方へ道が延びていたのか、と想像するとワクワクします。

でも、金沢道へは行かず直進します(^^;)
金沢横丁を過ぎ、東海道本線の踏切を渡ると、国道1号線に突き当たります。
この突き当りに、旧保土ヶ谷宿の本陣跡があります。 

本陣って何?って思ったのですが、”えらい人”たちが泊まった宿舎のことなんですね。

江戸時代以降の宿場で大名や旗本、幕府役人、勅使、宮、門跡などが使用した宿舎の名称。

(引用元:本陣 - Wikipedia

当然ながら、各宿場に本陣があったそうです。

 

旧保土ヶ谷宿の本陣跡 

 

この日の旅は、本陣跡前で終了。

川崎駅付近から保土ヶ谷駅付近まで、約20kmの徒歩旅でした。 

 


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GPSの記録:距離 2.1km、所要時間 50分